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旅に出たいと思う。一人旅に。
学生時代から就職したての頃にかけてよく一人旅に出かけたが、それはいったいどういう心理からか。旅のスタイルや目的は人それぞれだが、当時私が旅に出たのは、決して“楽しみ”のためだけではなかった。旅に出る前は緊張で、わくわくする気持ちもあったけれど、どちらかというと、どきどき、の方が勝っていた。
これは、人が好んでお化け屋敷に入る心境と似ている。本当に怖い思いをするのは誰だって厭だろうが、お化け屋敷なら作り物だし安全だ。恐怖を擬似的に体験する装置をわざわざ娯楽として編み出す人間の不思議さ。
“どきどき感”自体に何か脳内物質を促進する働きがあってある種アヘンのような陶酔感をもたらすのだろうか。そういう科学的研究がありそうな気もする。他に考えられるのは、恐怖から逃れたあとの安心感を味わうためとか、本物の恐怖に対峙したときパニックにならないよう精神を鍛えるためとか。
かつての私の一人旅への希求は、縁もゆかりもない土地で味わう孤独と不安という恐怖を克服する鍛錬のうえに成り立つ自由と解放感への希求であったと考えられるかもしれない。
年を経た今、相変わらず、旅に出たいという希求はある。けれど、それは以前ほど強い動機を以って私を駆り立てるものではなく、ひとときの解放感を単なる娯楽として求める気持ちに過ぎない。かつての旅に対する情熱には、そうではない、何かもっと突き動かされずにはいられない切実なもの、自身の可能性への期待と意思による変革、純粋な好奇心など様々なきらきらした要素が詰まっていた。今は、どこへ行っても自分自身からは逃れられないのだという大人の論理が私を支配している。