正文

デジタル時代の 後発優位論

(2008-12-07 22:34:21) 下一个
後手が必ず勝つ法則はない。
だが、後手が逆転するチャンスは必ずある。
逆転の手段は大きく二つ。
まず、先発者の動向から市場や技術の特徴を学び取ること。
それを利用して後発に徹すればいい。
そして、世代交代によって、競争の土俵を変えることも有効だ。
これは、後発者が先発者になることを意味する。
デジタル化はそのチャンスを広げている。

 本特集のメインタイトルは「後手必勝の法則」である。雑誌のタイトルとしては刺激的であるが、さすがに経営学者の立場からは「後手が必ず勝つ」とは言いにくい。

 もし、後発者が必ず勝つ法則があるとすれば、新しい技術や製品に先行投資することが馬鹿馬鹿しくなってしまう。「常に遅い方がいい」のであれば、イノベーションなど生まれなくなってしまう。

 常識的に考えれば、先発者が有利であるケースの方が多いのである。技術的に劣るものしか開発できず、常に市場で後手にまわっている企業は、確実に負けるということは肝に銘じておいた方がいい。後発者は、「時間的な遅れ」と「強力な先発者の存在」を乗り越え、まずは逆転するプロセスを踏まなければならない。つまり、二つのハンディを抱えてのスタートなのだ。「後手必勝の理論」があるなどと、ゆめゆめ思うべからずなのである。

 ただし「後手が必ず勝つ」のではなく、「後発でも逆転のチャンスがあり、そのための条件を探る」ということならば話は別である。大切なのは、後発者が優位にビジネスを進めたケースから、「後発でも逆転できる条件」の最大公約数を探し出し、それを理解することだ。

 日本企業が呪文のように「選択と集中」「オンリーワン」「ナンバーワン」といった言葉を唱えるようになって久しい。こうしたかけ声の下、一九九〇年代後半以降の日本企業は「他社に遅れをとっている事業」や「赤字の事業」などを次々と整理してきた。もちろん、経営の効率化という意味ではその行動は正しい。だが、多くの企業が進める整理の仕方は、まるで示し合わせたかのように画一的に見える。すべての企業が同じように選択と集中をしたら、皆が同じように不幸になるだけなのに。

 今後、新たな成長のフェイズに転じるためには、「強い事業をより強くする」という戦略に加えて、「業界で三番手、四番手の位置からいかに逆転を狙うか」「後発の事業でいかにターンオーバーするか」という発想が大切になるはずだ。そこで本稿では、先発・後発の競争がとりわけ激しいエレクトロニクス業界の事例に着目して、逆転の条件を探ってみたいと思う。

ただ乗り効果が利点

 後発者優位の議論をする前に、まずは「先発者がなぜ優位なのか」、すなわち「先発者優位性」(first-mover advantages)について説明しよう。いわゆる先発優位に関する研究は多い。代表的な先発優位の理由としては「製品や技術のブランドイメージが高まること」や、「規格や特許などを抑えられること」、「希少資源(材料、人材、流通網、設備投資……)を先取りできること」などが挙げられるだろう。これらを武器に後発者に対する参入障壁を築けるから、先発者は優位にビジネスを進められるというのが基本的な先発優位の考え方だ。

 一方、後発者に有利な点としては「需要や技術開発の不確実性を見極めやすいこと」や「プロモーションや研究開発に対する投資が少なくて済むこと」などがある。言葉の印象はあまり良くないかもしれないが、一言で表現すれば、先発者が切り開いた市場における「ただ乗り」が可能であることが、後発者にとって有利な点なのである。

 先行する企業の製品について「どんな技術を使っているか」「誰が買っているのか」「ユーザーの不満は何か」などを観察し、それを十分に学習した上で自社の製品を投入する。先発者が斥候部隊として新しい技術や市場へ投資した後に、より少ない投資で同じ競争の舞台に上がる。そうして節約できた費用をマーケティングなどに集中投下する。これが、後発者が逆転するための王道と言えるだろう。

 戦後の高度経済成長期における日本の製造業は、まさにこのただ乗り効果をフルに生かして成長した。家電も、自動車やオートバイも、基本的なコンセプトは欧米の後追いだった。技術開発や製品認知にかかる投資を欧米の企業に負担してもらい、技術を改良し、低コストの労働力で庶民の手の届く価格帯に仕上げるというのが、日本企業が歩んできた道である。

 最近では、船井電機がこうした後発優位の条件をうまく生かしている企業の好例だろう。同社は、松下電器産業やソニーなどの大手家電メーカーを尻目に、米国ではブラウン管テレビや家庭用VTR、DVDプレーヤーなどの販売台数シェアでトップを誇る。

 世界の流通最大手、米ウォルマート・ストアーズなどに製品を供給するスケールメリットと、中国での低コスト生産がビジネスモデルの基盤である。船井哲良社長自らが「大手の皆さんがおやめになる頃が、ウチにとっては一番面白い」(日経ビジネス、二〇〇五年八月二十二日号)と語るように、「既に需要が証明された枯れた技術の製品を低コストで大量に生産する」という後発者の王道といえる戦略を徹底している。

スケールメリットを生かす

 船井電機とは、戦略が少し異なるが、米マイクロソフトも前述した後発優位を強力に活用している代表的な企業だろう。パソコンOSを含めて、オフィス統合ソフトやウェブブラウザなど、同社の主力製品はほとんどが後発品である。創業者のビル・ゲイツ会長はかつて、「マイクロソフトはマーケティング会社だ」と話していたほどで、技術やコンセプト的にオリジナリティのある製品はほとんどない。

 それでも、ご存じの通り、同社は長期間にわたってパソコンのソフト市場を支配し続けている。その背景には「ウィンドウズ」というデファクト・スタンダード(事実上の業界標準)を勝ち取ったパソコンOSの存在がある。

 製品がデファクト・スタンダードになれば、競争上圧倒的に有利であることは説明するまでもないだろう。特に、IT業界のように標準や規格が重視される業界では、製品の価値は製品自体の価値や性能だけでなく、その所有者数や設置数に大きく依存する。身近な例では、電話やインターネット・ビジネスを考えてもらえばいい。加入者の広がりによってどれだけ多くの人と交信できるかが製品の価値を決める。

 このようなユーザー数の多寡(ネットワークの規模)で製品の価値が決まる現象を、経営学では「ネットワーク外部性」と呼ぶが、マイクロソフトは世界中のパソコンOSのほとんどを握るネットワーク効果による支配力を存分に生かして、パソコン関連ソフトの後発品でグイグイと先発者を追い抜く逆転劇を演じているわけだ。これも、後発者の利点とスケールメリットを生かして先発者を追い抜くという点では、船井電機の戦略と実は似たところがあるといえそうである。

世代交代を目指す

 だが、船井電機やマイクロソフトのようなビジネスは誰もが手掛けられるわけではない。マイクロソフトのパソコンOSのようなネットワーク効果が期待できる製品分野はそう多くないし、寡占状態を作りあげるのも容易ではない。船井電機のように後発品の低コスト生産に徹するビジネスモデルを実践するには、中国をはじめとする東アジア各国のメーカーと同じコスト競争の土俵に上がる覚悟が必要である。それを望まないのならば、先発者を超える別の方策が必要だ。

 後発者が先発者を逆転する方策は「ただ乗り効果」を利用するほかにもう一つある。それは顧客の変化や、技術革新、流通網の変革といったビジネス環境の変化をうまく利用することである。こうした変化が起きたとき、先発者は過去の成功体験や組織的要因などから、機敏に対応できないということは珍しいことではない。「成功は失敗の元」なのである。

 これに対して後発者は、後発者故に失うものが少ない。先発者に先んじて変化に機敏に対応する、あるいは変化を自ら引き起こすことができれば、逆転の可能性が高くなる。例えば、製品や技術、規格における世代交代が環境変化の分かりやすい例だろう。後発で出した製品を顧客が新しい世代の製品と認識してくれたら、それは単なる後発品ではなくなり、次世代の先発品として再び初期需要が生まれる可能性がある。

 それでは、世代交代について説明する前に、製品の世代とは何かについて、少し整理しておこう。世代に着目して製品の競合関係を分類すると「世代内競争」と「世代間競争」に分けられる。

 世代内競争とは、例えば家庭用VTRにおける「ベータマックス」と「VHS」のような競合関係である。両方式はほぼ同じ時期に登場し、二分の一インチ磁気テープを使うアナログ方式の録画機器という点で技術的にも同等である。ほぼ同じ世代の製品として規格争いを繰り広げた世代内競争の代表例と考えていいだろう。

 一方、世代間競争というのは、言葉の通り「旧世代品」と「新世代品」の競争のことを指す。「レコード」と「音楽用CD」や、「家庭用VTR」と「DVDレコーダー」のような関係と考えてもらえばいい。世代交代というのは、基本的にはこの世代間競争によって新世代品が勝利を収める状況を指すと考えればいいだろう。

技術の世代は 市場の世代にあらず

 実は、この「世代」という言葉は、気をつけて使わなければならない。技術志向の強いメーカーでは、技術の世代交代が、市場における世代交代と考えてしまいがちである。確かに、かつてはメーカー側が仕掛けた技術の世代交代が、そのまま特定の製品分野における世代交代を意味していた。「アナログからデジタル」「テープからディスク」のように、世代交代には必ず技術や規格の非連続性が伴っているように見える。

 だが、実際はそうではない。重要なのは、メーカーではなくユーザーの意識である。どんなにメーカー側が頑張って「新世代です」「次世代製品です」と説明しても、ユーザーにその意識がなければ、後発品が先発品を超えて売れ出すことはほとんどないといっていい。世代交代というのは、アプリケーションの変化に伴って、市場が全く新しいものとして認識する状態のことである。「技術が進化したから世代交代」ではなく、「ユーザーのライフスタイルに大きな変化を与える」という点がポイントである。

 例えば、携帯電話業界でよく使われる「第三世代携帯電話」という言葉は象徴的だ。一般に通信方式がより高速な新しいものに変わったことを「世代」という言葉で表現しているのだが、ユーザーとしては何が変わったのか分かりにくいというのが正直なところだろう。

 それは、第二世代から第三世代への変化が通信事業者や携帯電話メーカーにとってどんなに大きくとも、ユーザーにとってアプリケーションの大きな変化がないからである。むしろNTTドコモの「iモード」が登場し、携帯電話でインターネットにアクセスできるようになった時の方が、大きな世代の変化だったと感じる方は少なくないだろう。

 家庭用のビデオカメラは、「VHS」から「8ミリ」「DV」と記録テープの規格が変わり、今ではハードディスク(HDD)やDVDを使う製品が登場している。記録媒体の規格が変化するたびにある程度の買い換え需要が起きて、一見すると世代交代が進んでいるようだが、実はユーザーのアプリケーションは、昔と大きく変化していない。多くは、子供の運動会や入学・卒業式を撮影することが購入動機である。だから、技術的に世代が変わっても、大きく市場が広がるとは限らない。世代間競争が世代交代につながりにくいという意味では、後発者が逆転しにくい製品分野なのだろう。

 これに対して、米アップルコンピュータの携帯型音楽プレーヤー「iPod」は、世代間競争でうまく世代交代を起こし、後発から一気にトップブランドに躍り出た例と言えよう。半導体メモリや小型HDDを使う同じような携帯型音楽プレーヤーに関しては、「iPod」以前にも多くのメーカーが発売していたが、大きな市場には育たず、携帯型音楽プレーヤー分野における代名詞であるソニーの「ウォークマン」(カセットやCD、MD)からの世代交代を促すには至らなかった。

 これに対して、アップルはインターネットを使った音楽配信と、そのための専用ソフトを組み合わせ、ユーザーが使いやすい環境を作り上げた。そうした仕掛けによって、「必要な音楽を選んで持ち歩く」から「家中の音楽をすべて持ち歩き、その時聴きたい曲を聴く」というように、ユーザーの楽しみ方を変えることができたのである。このアプリケーションの変化を引き起こしたことが「iPod」を一気に携帯型音楽プレーヤーの代名詞的存在に引き上げた感がある。そういう意味では「iPod」は、世代間競争による世代交代を象徴する事例だ。

九つの条件

 こうした「世代間競争」による逆転のケースでは、「世代間の競争にもちこむ」と最初から意識して仕掛けている例はほとんどない。後から振り返ってみると「あれがライフスタイルを変えた起点だった」と気がつくことが多い。アップルが初めから世代交代を意図していたのかといえば、疑問符が付く。結局、多くの世代間競争は、まずは競争を仕掛けるところから始まるのだ。

 これまで述べてきたような「ただ乗り効果」や「世代間競争」といった観点で、先発優位や後発優位のさまざまなケースを検証した結果、後発が逆転するチャンスがある条件には次の九つがあると考えられる。

(1)非連続な技術革新により、新たな技術的優位が確立できる
(2)生産量の増加に伴う生産コストの低下が緩やか
(3)知的財産権による保護が強力ではない
(4)標準化機関で後に公的標準化がなされる
(5)製品の同梱など競争の土俵が変わってしまう
(6)後発でも顧客ニーズが把握しやすい
(7)初期のユーザーと後期のユーザーのニーズに大きな差が存在する
(8)製品のアプリケーションが大きく変化する
(9)買い換えるときにかかるコスト、データ資産の継承など、製品の切り替え費用(スイッチングコスト)が少ない

 言うまでもないが、これらは意味を逆にすれば「先発者が有利な条件」になる。

 エレクトロニクス業界では「アナログからデジタルへ」という変化が進行した結果、後発者が逆転するための新しい競争軸を作りやすくなっている。

 まず、LSIによる部品のモジュール化が進んだことで、部品さえ調達できれば、後発参入組でも先発組と遜色ない製品を作ることが十分可能になった。これは、前述した「ただ乗り」が格段にしやすい環境だということだ。

 そして、アナログの時代は難しかった複合製品が、デジタル化によって開発しやすくなった。カメラや電子財布などの機能を取り込んだ携帯電話は分かりやすい例だろう。その結果、市場シェアという概念は有名無実になり、「先発・後発」や「世代内・世代間」といった概念がぼんやりとしたものになっていることも確かである。デジタルカメラの国内シェア上位は、携帯電話事業者のNTTドコモやKDDIが占めていると言っても、誰も不思議に思わないのではないか。

 もちろん複合製品には何を組み合わせるかという難しさはあるが、逆に言えば、後発者にとって逆転に向けたビジネスモデルを構築するための部品やツールが、かつてよりも増えているということでもある。

 カメラ付き携帯電話の例を一つとってみても、携帯電話で遅れをとったら、デジタルカメラの機能の方向から攻めてみる。あるいは、ネットワーク上のデジタルアルバムや写真を印刷するビジネスから先発者を追い掛けてみるなど、アイデアと工夫次第で逆転の手掛かりは無数に存在する。

 デジタル化によって土俵を変える競争が激しさを増しているということは、後発者が先発者になるチャンスが増えているということである。今こそ、その好機を生かす時であろう。

山田英夫(やまだ ひでお)
一九五五年東京都生まれ。八一年慶応義塾大学大学院経営管理研究科修了。三菱総合研究所で、大企業の事業領域策定や新事業開発のコンサルティングに従事。八九年より早稲田大学。専攻は経営戦略論、競争戦略論。学術博士。著書に『先発優位・後発優位の競争戦略』(生産性出版)、『デファクト・スタンダードの経営戦略』(中公新書)、『ビジネス版:悪魔の辞典』(日経ビジネス人文庫)など。
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